不倫の慰謝料請求事件の関係で、弁護士の懲戒が、『自由と正義 2023年9月号』に公告されていました。
埼玉弁護士会による懲戒で、懲戒処分の内容は戒告(注意)となった事案です。
処分理由となった問題は次の2つがありました。
⑴ 当該弁護士は、依頼者の妻の不倫相手(懲戒請求者)とされる人に対して損害賠償請求訴訟を提起したところ、被告となった懲戒請求者の住所として勤務先が記載されていたので裁判所の書記官から、いきなり勤務先に訴状を送達するのは望ましくないので自宅住所を調べて訴状を補正するよう指示を受けた。弁護士は、所属弁護士会に、照会先を勤務先、照会事項を懲戒請求者の住所として、照会を求める理由として懲戒請求者と上記妻との不貞行為の断定的記述や妻の自殺未遂を記載して、照会手続きを介して勤務先に依頼者の主張を知らしめたこと。
⑵ 当該弁護士は、通報対象事実として、懲戒請求者の職務遂行とは関係のない不貞行為を主張するなどした公益通報を行って、懲戒請求者の名誉に関わる事実を勤務先に不必要に知らしめた。
上記⑴で出てくる弁護士会を通じた照会というのは、弁護士会照会(23条照会)と言われる手続きです。
「弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。申出があつた場合において、当該弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、これを拒絶することができる。」(弁護士法23条の2第1項)とされています。
そして、弁護士会は、この申し出に基づいて、公務所又は公私の団体に照会して必要な報告(回答)を求めることができます(同条2項)。
弁護士が直接に照会して回答を求めるのではなく、弁護士会が照会するという手続きになっています。
弁護士会は、照会の必要性や相当性について審査した上で照会することになっています。
この弁護士会からの照会に対して、照会を受けた団体等には、法律上の制度なので原則として回答義務があるとされています。
上記の懲戒された弁護士は、不倫の侵害賠償請求の事件の依頼を受けて受任して、所属の弁護士会に、相手方である懲戒請求者の勤務先(会社か官公庁など)に懲戒請求者の住所を必要事項として回答してもらうように照会をすることを申し出たということになります。
上記の懲戒された弁護士の所属弁護士会(おそらく、埼玉弁護士会)は、この懲戒された弁護士の照会の申し出を審査して、必要性相当性を認めて、懲戒請求者の勤務先に照会したということになります。
となると、勤務先に不倫の事実や不倫相手の自殺未遂を知らしめた主体は、懲戒された弁護士ではなく、「弁護士会」ということです。照会の申し出を審査して、必要性相当性に問題なしとして審査を通して照会(文書を送付して照会します。)した弁護士会の判断に大いに問題があったと考えられます。
弁護士会の中で、弁護士会照会の申し出の審査をする担当部署(弁護士会照会審査室などという部署の弁護士が担当します。)と懲戒手続きの担当部署(綱紀委員会、懲戒委員会)とは違うとはいえ、照会をした張本人の弁護士会が申し出した弁護士を懲戒したのは行き過ぎだと思います。
なお、仮に、懲戒請求者が弁護士会照会によって勤務先に不倫や不倫相手の自殺未遂の主張が知られることで名誉毀損の損害が生じたとして損害賠償請求することを考えるのであれば、照会した弁護士会の不法行為として弁護士会を被告として訴訟をすることが考えられます。さらに、弁護士会と照会の申し出をした弁護士の2者による共同不法行為と構成して両方を被告として損害賠償請求をすることがあり得ます。依頼者も被告に加えて3名に対する損害賠償請求にすることも考えられます。
あと、この件で不思議なのは、わざわざ弁護士会照会をする必要があったのかということです。妻は自殺未遂ということなので、亡くなっていないのですから、その妻から不倫相手とされる懲戒請求者の連絡先を聞いて連絡するとか、妻を通じて職場ではない訴状の送達先(自宅)を知らせるように連絡するとか、穏便な手段があったようにも思えます。
妻が非協力的でも、職場の懲戒請求者あてで本人限定受取の郵便を利用することや、より簡易であれば「親展」を封書に明記することで、訴訟を提起するのに自宅が分からないと職場に訴状が裁判所から届くことになるから自宅を教えて欲しい旨を知らせるという方法もあり得たと考えます。
そういう手段があったのにもかかわらず弁護士会照会を使ったのであれば、職場に不倫の事実等を知らせる嫌がらせ目的だったと認定されたのかなとも考えられます。
上記⑵の公益通報というのは、公益通報者保護法では、
労働者等が、不正な利益を得るとか他人に損害を与える等の不正の目的ではなく、勤務先等の一定の法令違反について、内部または外部に通報することを言います。
懲戒された弁護士は、公益通報者保護法でいう「公益通報」の主体(労働者等)にはあたらないですし、不倫(不貞行為)は民法上の不法行為にあたるとしても公益通報者保護法の対象となる法令違反の対象となる法令に民法は含まれてないので、公益通報にはあたりません。
この事案では、おそらく、懲戒請求者の勤務先の公益通報窓口を利用して、懲戒請求者の不貞の主張を勤務先に知らせたということだったものと考えます。
公表された処分理由の要旨からは、勤務先の通報制度を悪用して不倫の事実を知らせて懲戒請求者を貶めようとしたものと読めます。そうだとすると、この行為が依頼者の意向であったのかは不明ですが、弁護士としては一線を越えた行為に思えます。
懲戒処分の結論は、戒告という注意処分なので、懲戒としては一番軽いものになります。ことさらに相手方(懲戒請求者)の名誉を傷つけるために通報制度を利用したということであれば、より重い処分(一定期間の業務停止)でもおかしくなかったのではないかと考えます。(公告では、懲戒処分の結論を選択する根拠となる情状については公表されないので、本件事案でも詳細な事情は分かりません。)
不倫をしたからといって、あるいは、不倫の疑いをかけられたからといって、勤務先その他での名誉を傷つけられるいわれはありません。