名誉毀損罪の成立について
不倫(不貞行為)に関連して問題になりそうな犯罪の一つに、名誉毀損罪があります。
不倫した配偶者(夫・妻)の職場や不倫相手の職場に不倫していることを告げる、配偶者や不倫相手の家族や友人知人に不倫していることを告げる、SNSに誰のことか分かる内容で不倫していることを投稿する、といったことが名誉毀損罪の問題になります。
刑法
(名誉毀損)
第二百三十条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処す
2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。
名誉毀損罪(刑法230条)で有罪となりますと、法定刑としては、懲役か禁固3年以下か罰金50万円以下ということになります。(令和7年までに刑法改正で懲役と禁固はあわせて「拘禁刑」となります。刑務所に入ることは同じです。)
不倫関係で名誉毀損されたというのは通常は生者でしょうから、刑法230条1項の名誉毀損罪の成否が問題になります。
名誉毀損罪(刑法230条1項)の要件は、
①公然
②事実の摘示
③人
④名誉
⑤毀損行為
となります。
①公然は、不特定または多数人が認識できる状態のことをいいます。さらに、「公然」には、特定少数の人に伝えた場合でも他に伝わって不特定多数に広まるような場合も含まれるとされています。
ですから、「公然」と認定される場合はかなり広いです。
インターネット上で公開するのはもちろん「公然」といえますし、職場に知らせるのも特定の家族・友人知人に知らせるのも「公然」と認定される場合が多いでしょう。
②事実の摘示については、不倫をしていた・不倫をしている、というのは事実にあたりますから、不倫の事実を知らせる行為は「事実の摘示」となります。
この「事実」は、真実でない場合も含みますので、虚偽の不倫の事実を知らせる行為は名誉毀損罪になり得ます。
③人については、不倫ができるのは生身の人間(自然人)ですので、「人」の要件を満たします。不倫の事案と関係あるケースはまれでしょうが、会社などの法人も名誉毀損罪の「人」に含まれます。
④名誉というのは、社会の評価としての外部的名誉(社会的名誉)のことです。通常は、不倫しているという事実はその人の社会的な評価を下げますので、「名誉」の要件も満たします。
(不倫を繰り返していることを世間一般に知られているような人が仮にいたとして、その人の場合は不倫の事実が一つ増えたところで社会的評価は変わらないということがあるかもしれません。)
⑤毀損行為については、社会的評価を害するに足りる行為であればいいとされているので、実際に社会的評価が下がったことまでは要求されません。
不倫の事実を職場に告げた行為は、不倫を暴露された人の社会的評価を下げうる行為ですから、「毀損行為」といえます。不倫を暴露された人の実際の社会的評価が下がったかどうかまでは問題になりません。
以上のように、配偶者の不倫を配偶者や不倫相手の職場や家族知人に知らせる行為や、SNSなどインターネット上で不倫の事実を公開する行為は、名誉毀損罪になり得ます。
配偶者の不倫を知って感情的になってそのような行為をしてしまうと、自分が犯罪者になってしまいかねません。
不倫をしたということで名誉毀損の被害にあった方は、警察等に被害を申告することができます。
ただし、名誉毀損罪は、親告罪とされています(刑法232条1項)。親告罪というのは、告訴が無ければ公訴を提起できない犯罪のことです。公訴というのは、検察官が裁判所に起訴するということです。
「告訴」がないと、検察官が仮に起訴したとしても、公訴棄却の判決になり(刑事訴訟法338条4号)となり、有罪判決にはなりません。
名誉毀損罪の場合は、被害届ではなく、「告訴」をする必要があります。
親告罪の告訴は、犯人を知った日から6か月以内にしなければなりません(刑事訴訟法235条)。
犯罪の継続中はこの6か月の告訴期間の起算日とはされないです。インターネット上での名誉毀損の投稿が公開され続けている間は犯罪継続中とされるので告訴期間は始まりません。
不倫の名誉毀損に限った話ではありませんが、証拠の保全とか他の必要もありますので、被害に遭って刑事事件として加害者の処罰を求めたいというのであれば、早めに決断して対応すべきでしょう。
名誉毀損罪の上記の要件に全て該当するとしても、正当な業務行為と認められれば違法性が阻却されて処罰されません(刑法35条)。
以下の刑法230条の2の特例に該当する場合も処罰されません。
一般の方の不倫の場合は、通常は不倫を暴露することについて正当業務行為とか特例にあたるということはないでしょう。
なお、不倫を暴露されて名誉毀損罪が成立し得るとしても、警察がきちんと告訴を受理してくれるかどうか、検察官が起訴してくれるかどうかは、別の問題です。
特例について
名誉毀損罪は、表現の自由を不当に制約してしまうことになるおそれもあります。
次のとおり、刑法には名誉毀損罪の特則が設けられています。
(公共の利害に関する場合の特例)第二百三十条の二 前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。2 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。3 前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
名誉毀損罪の行為について刑法230条の2第1項の特例が適用される要件は、
①公共の利害に関する事実
②公益目的
③真実の証明
です。
①公共の利害に関するというのは、社会一般の利益に関係することをいいます。
私生活上の行為である不倫の事実が、①公共の利害に関する事実 にあたるかどうかは、個別事案ごとに検討されるべきものです。
不倫したとされる人が政治家や公務員、宗教家、大企業の役員などの場合は、不倫も社会への影響があり公共の利害に関する事実と評価されそうです。
(専門書では、弁護士や医師、マスコミ関係者の不倫も公共の利害に関係ありとされ得るとされています。私も気を付けます。)
CMに出ているような芸能人や公的な仕事に関わる有名人などの不倫は、その人物の社会的影響力に関わりますから、公共の利害に関する事実といえそうです。
②公益目的というのは、その事実を摘示した主たる動機や目的が公益を図ることにある場合をいうとされています。
表現方法や事実調査の程度などを考慮して、公益目的かどうか判断されます。
配偶者に不倫された人が配偶者と相手の不倫の事実を公表したとして、そのような関係性からは私怨による報復と考えられ、公益目的と認定されるのは難しいと考えます。
③真実の証明は、不倫の事案でいえば、詳細な事実を証明する必要まではなく、不倫があったといえる主要・重要な部分を証明する必要があります。
真実だと証明することに失敗したとしても、真実であると誤信したことについて確実な資料や根拠から相当な理由があった場合は、名誉毀損罪は不成立とされています。
刑法230条の2第2項は、検察官の起訴前の犯罪に関するものです。不倫(不貞行為)は犯罪ではありませんので、この特例の対象にはなりません。
刑法230条の2第3項は、公務員または公選による公務員の候補者(選挙で選ばれる議員や首長などの候補者)に関する事実の場合には、
刑法230条の2第1項の①公共の利害に関する事実②公益目的があるものと扱われ、真実の証明がされるだけで名誉毀損罪不成立とする特則です。
ただし、公務と何ら関係のないことを掲載して誹謗した行為について名誉毀損罪の成立を認めた判例があります(最高裁昭和28年12月15日判決)。
一般の公務員の方の公務と、不倫は通常は何ら関係ないでしょうから、不倫した配偶者や不倫相手が公務員だったからといって、この特則で名誉毀損罪が不成立になるとは限りません。
公務員の不倫相手(非公務員)については、この規定が適用されるとは限りません。適用を否定した裁判例(岡山地裁昭和34年5月25日判決)があります。
民事事件は別の話
不倫(不貞行為)の暴露については、上記のとおり名誉毀損罪が成立する可能性があります。
なお、名誉毀損罪は成立しない、告訴期間を過ぎてしまった、検察官が不起訴処分にして終わってしまった、という場合でも、名誉毀損やプライバシー侵害についての損害賠償の民事事件とは別の話ですので、損害賠償請求が認められる場合があります。