(今回のコラムは、専門的な内容ですのでご承知おきください。)
前回のコラムで紹介した最高裁第三小法廷平成31年2月19日判決について、
この事件を担当した最高裁判所調査官の家原尚秀氏の解説が『法律のひろば 令和元年7月号』の54頁以下に掲載されています。
同判決についての解説は、『判例タイムズ 1461号』の28頁以下にも掲載されています。判例タイムズの方は、筆者の氏名が明記されておりません。判例タイムズの記事の内容は、『法律のひろば』のものと一部の字句の修正がされているだけですので、同じ家原調査官による解説でしょう。
この家原調査官の解説について、不貞の慰謝料の算定において離婚したことを従来とおり不貞の慰謝料の増額事由とすることは許されると解説したものと読んだ見解があるようです。
そのような見解は誤りだと考えますので、この解説をどう読むべきかについて以下に述べます。
1 最高裁第三小法廷平成31年2月19日判決(以下「本判決」という。)についての『法律のひろば 令和元年7月号』の家原尚秀最高裁判所調査官の評釈(以下「家原解説」という。)について、離婚したことは不貞慰謝料の増額要素として認めてよいと解説したものとの理解するのであれば、それは誤りである。
2⑴ この理解の誤りは、「前記のような事情について、慰謝料の増額要素として考慮すること自体は許されるものと解される。」(58頁下段5項⑴)と述べるところの「前記のような事情」が「不貞行為の結果、婚姻が破綻し、離婚するに至った場合」(同)を指すものと誤読したのが原因と考えられる。
⑵ この「前記のような事情」は、「当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情」(58頁中段⑵)を指すものと考えるべきである。
なぜなら、まず、「前記のような事情」の直前に「事情」の文言が出るのは、この「当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情」だからである。
さらに、家原解説では「不貞慰謝料の算定において、これまで下級審の裁判例では、不貞行為の結果、婚姻関係が破綻し、離婚するに至った場合においては、そのことを考慮することが多かったといえるところ、本判決の考え方からすると、単純に損害として離婚慰謝料を上乗せすることは許されないものと考えられる。」(58頁下段5項⑴)として、「不貞行為の結果、婚姻関係が破綻し、離婚するに至った」ことを損害に上乗せする下級審の裁判例の考え方を明確に否定しているのであるから、「前記のような事情」が「不貞行為の結果、婚姻が破綻し、離婚するに至った場合」を指すとはいえないのである。
「前記のような事情」は、「当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情」(58頁中段⑵)を指すものと考えないと、次に述べるように、本判決の解説として家原解説の4項と5項の内容がつながらない。
3⑴ 「前記のような事情」を「不貞行為の結果、婚姻が破綻し、離婚するに至った」ことを指すとして、このことについて「慰謝料の増額要素として考慮すること自体は許される」とする理解は、本判決の理解として誤りであり、本判決の内容についての家原解説(57頁「4 本判決の考え方」)と整合するものではない。
⑵ 家原解説は、本判決の考え方について次のとおり述べる。
「そもそも、夫婦が離婚するに至るまでの経緯は当該夫婦の諸事情に応じて一様ではなく、当該夫婦という二人の人間の間の作用・反作用の無数の連鎖反応の過程の結果、離婚に至るものであると考えられる。そして、当該夫婦からみると、部外者である第三者については、通常は、そのような無数の連鎖反応を観念することができない。したがって、前記の一体説(引用者注)を踏まえると、第三者の行為につき、その行為から離婚に至るまでの一連の経過を1個の不法行為として捉えるための前提を欠くように思われる。また、婚姻の解消は、本来的には夫婦の自由意思によって決定されるものであって、離婚慰謝料の被侵害利益である『配偶者たる地位』を喪失するに至るまでには、必ず配偶者の自由意思が介在することとなる。すなわち、部外者である第三者は、通常は、『配偶者たる地位』を直接的に侵害することはできないものと解される。」(58頁上段4項⑴)
引用者注:配偶者の一方の「有責行為から離婚までの一連の経過を1個の不法行為として捉え、離婚慰謝料には、離婚自体慰謝料だけではなく、離婚原因慰謝料も全体として含まれると解している」説(56頁中段)
⑶ 家原解説は、「第三者の行為につき、その行為から離婚に至るまでの一連の経過を1個の不法行為として捉えるための前提を欠く」とし、「部外者である第三者は、通常は、『配偶者たる地位』を直接的に侵害することはできない」とするのであるから、ここでいう第三者すなわち不貞相手について離婚の責任を及ぼすことを本判決が原則として否定していることを示しているのである。
とすると、「前記のような事情」を「不貞行為の結果、婚姻が破綻し、離婚するに至った」ことを指すと理解してしまうと、本判決の考え方と整合しないことになってしまう。
4 したがって、家原解説は、不貞行為の結果、婚姻関係が破綻して離婚するに至った場合は従来とおり慰謝料の増額要素として認めてよいと解説したものではなく、「当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情」について不貞の「慰謝料の増額要素として考慮すること自体は許されるものと解される」としたものである。
5 また、家原解説の「不貞相手に対する不貞慰謝料と配偶者に対する離婚慰謝料の関係」の節(59頁上段)の中で、「不貞慰謝料には、離婚自体によって発生する慰謝料を含まない。」とし、「不貞以外の事情が認められない場合は、離婚慰謝料の方が多額になる。」としていることからも、本判決及び家原解説は、「不貞行為の結果、婚姻が破綻し、離婚するに至った」ことが単純に不貞慰謝料の増額要素になることを否定していることが分かる。
6 なお、不貞相手に対して離婚慰謝料を請求する場合には、「特段の事情」すなわち「当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情」の「主張立証責任は原告側が負うと考えられるから、実際上その主張立証が奏功する事案は限られる」(58頁中段最終行以下)とされる。
同様に、不貞相手に不貞慰謝料を請求する場合にも、「当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情」すなわち増額要素の主張立証責任は原告側が負う。そしてその主張立証が奏功する事案も限られるものといえる。